『メディア激動時代を読む (DIAMONDonline)』   山口一弥著

『メディア激動時代を読む (DIAMONDonline)』



【所感】
・2008年2月〜6月に連載された山口氏のコラム。今頃、読みました。

・新聞系出自の著者が、メディア再編が先行するアメリカの事例紹介と、日本のメディア業界の比較を行った上で、新聞社・テレビ局を中心に、もしくは、スタート地点として、日本メディア業界の将来への論点をまとめてくれてる内容。

・最近、ネット業界の狭いところばかり見ていた自分に、大きな視野を思い出させてくれたタイミングの良さあり。ネット業界、新しい業界といっても、結局は、メディア業界の中でのパイの奪い合いという側面、強い?

・ただ、日本のメディア再編については、新聞社・テレビ局という守旧派を起点に考えるよりも、日本の場合は、外からの再編シナリオも有り得るわけで、米国の事例や新聞系出身の著者の想定外のシナリオも大いに視野に入れておきたいところ。

・近いうちに、日本のメディア業界について、自分なりに論点、まとめたいところ。もしくは、まとまっているもの、探したいところ。それって、「情報メディア白書」が近いのかも。



【日本のメディア業界についてまとめたい論点】
「消費者 x 供給者 x 広告主というメディアを取り巻くプレーヤーの需給バランスとその方向性」

・消費者については、消費額と消費時間という2つの側面から考えたい。できれば、それを繋ぐ接点、もしくはそれを区分するもの、について、何か見えてくると嬉しい。あと、増えてるのか減ってるのか。誰が増えてて、誰が減ってるのかも。

・供給者や供給については、マンガ、映画、ニュースという従来のコンテンツ種に加えて、コミュニケーションを含めたい。メディアによる供給コンテンツの区分ではなく、消費者と供給者の心理的距離感みたいな軸で見直すイメージ。友達とのネタを仕入れるための映画鑑賞とかカラオケ練習用の音楽ダウンロードみたいな、コミュニケーション消費のためのコンテンツ消費とかがきっかけ。あと、これも、増えてるのか減っているのか。何が増えてて、何が減ってるのか、も。

・そういった切り口の中で、広告や広告主の位置づけを確認したい。もしかしたら、コンテンツやコミュニケーションに付随する企業と消費者のコミュニケーションという構造ではなく、そこから構造的に独立した広告主と消費者のコミュニケーション成立の可能性がみえてこないかと期待するところ。



【気になった記述】

<第1回>

「現在のメディアを取り巻く状況は1920年代に似ている」とアメリカのコロンビア・ビジネス・スクールでメディア経営の講義を行うエリ・ノーム教授は言う。「ちょうどラジオという新しいテクノロジーが出現して、有力な新聞が淘汰された時代を彷彿させるというのだ。これは決してアメリカだけの話ではないのではないか。」

世界でも類を見ない日本独特といっていい特色としては、
   (1)全国紙5紙と基本的に各県1紙の寡占業界
   (2)新聞社が系列放送局を傘下に収める共存体制
   (3)様々な法律に守られた規制業界
の3つが挙げられるのではないだろうか。これらの寡占、規制、放送との共存によって、新聞業界は100年以上にも亘って時代を謳歌してきた訳だ。

一見、強固な体制と思われた新聞業界にどのようなことが起きているのかということだ。
   (1)止まらない部数減とそれに伴う広告収入の減退
   (2)全国紙5紙体制のシェアに開きが出てきた
   (3)新聞と放送の距離感が一部崩れてしまった
といったことが挙げられる。


<第4回>

日経新聞ニューヨーク・タイムズワシントン・ポストに追い付けていない決定的なことが1つある。
それは、新興ネット企業の買収である。ニューヨーク・タイムズはアバウト・ドット・コム等を、ワシントン・ポストもスレートやバジェット・トラベル・オンラインをそれぞれ買収して、自社サイトの付加価値や相乗効果を高める経営努力を行っている。


<第5回>

ハリガン教授によれば、衰退産業の企業戦略は以下の通り。
   (1)出来る限り有利に資産を処分して、早急に事業の撤退を図る
   (2)自社の競争姿勢がどう変わろうと、現金の早期回収するため投資分から搾り取る(ミルキング戦略)
   (3)競争力を強化し優位な地位に立てるよう投資を増やす
   (4)業界の不確実性が解決するまで投資レベルを維持する
   (5)収益性の低い顧客層の切り捨てと同時に収益性の高いニッチへの投資を増やす
上記、(1)(2)がいわゆる事業の撤退戦略で、(3)(4)(5)が勝ち残り戦略と位置づけられている。

ハリガン先生によれば、アメリカでは1980年代に不景気で強い経済力を再び取り戻すために、このような研究に基づいた実践が盛んに行われて、産業構造の転換が一気に進んだ。その後のIT産業の興隆は見ての通りである。


<第6回>

   (1)ある地域における特定の媒体の占有率が高い状況(media concentration of covering)
   (2)ある特定資本が複数のメディアを所有する状態(media concentration of ownership)
私がアメリカで触れたのは圧倒的に(2)の意味で使われていた。では、どうしてメディア・コンセントレーションが引き起こっているのか、ということだが、ひとつは「規制緩和」もうひとつは「経済効率性」と考えられる。

現在、世界には、「タイム・ワーナー」「ディズニー」「ニューズ・コーポレーション」「ベルテルスマンAG」「NBCユニバーサル(ゼネラルエレクトリック)」「CBS」「バイアコム」の7大コングロマリットが世界のメディアの約90%以上のシェアを占めているといわれる。

アメリカという国が面白いのは資本主義による自由競争の権化みたいなふりをしながら、必ずしも寡占化を悪いと考えない点だ。この理論的支柱が前回ご紹介したコロンビア・ビジネス・スクールのキャサリン・ハリガン教授の「サンセット理論」だ。彼女の専門が衰退産業の戦略論であることは述べてきた。「衰退産業の特徴として産業構造が変化する際、企業が集中化(コンセントレーション)し寡占化するが、新たな競争に備え戦略転換を図るための一時的な状況であり、通常のカルテルとは一線画すものである」というのがサンセット理論だ。


<第7回>

「やはり」フジテレビが最初に認定持株会社への移行を表明できたのか、お判り頂けたのではないだろうか。つまり、平成新局を数多く抱えており持株会社の傘下で地方局救済の必要があり、しかも、特定の新聞社等の親会社が存在しないという2点が揃う唯一のキー局だからというのが理由だ。

放送法の改正によって日本にもメディア・コングロマリット時代がやって来るという指摘がまさに現実味を帯びてきた訳だ。少なくとも、読売・日本テレビグループとフジ・メディア・ホールディングスグループが新たなステージに昇華していくことは想像に難くない。日本の本格的メディア・コングロマリット時代到来とは新たなメディア戦国時代突入の幕開けでもあるのかもしれない。


<第8回>

 「メディア・コングロマリット」の先の姿を予測しているのが、コロンビア・ビジネス・スクールのエリ・ノーム教授だ。・・・Columbia Institute for Tele-Informationことコロンビア・ビジネス・スクール通信情報研究所を主宰するエリ・ノーム教授は1975年にハーバード・ロー・スクールで経済学博士号を取得後、1976年からコロンビア・ビジネス・スクールで会計と経済学の教授を務めている。
 専門分野はメディアの経済と経営全般で領域は通信、映画、テレビから未来の電子メディアまで幅広くカバーしており、その世界の第1人者である。

世界のノーム教授の「追っかけ」となった私が直々に教えを受けたのが、「メディア・インテグレーター」、つまり、「メディア・コングロマリット」の先にある概念だったのだ。

ノーム教授に、メディア企業を経営するにあたって、一般企業とどこが違うのかを質問したことがある。その手掛かりとなるのが、ノーム教授が唱えるメディア企業特有の10の経済的特徴だ。
   (1)高い固定費に対してわずかな収支しか得られない
   (2)政府の機能に侵食している
   (3)市場が収束に向かっている
   (4)製品が更新されて累加していく
   (5)経済的ではない考察が必要である
   (6)価格が下落傾向にある
   (7)利用者の好みが明確ではない
   (8)ネットワークで結ぶと効果が上がる
   (9)実体のない製品を生産している
    (10) コンテンツの供給が過剰になりやすい
 上記の10の要素から、メディア企業が生み出すコンテンツという製品を言い表すと、掴み所がなく、好みも曖昧で、市場は収束し、価格体系は崩れ、供給過剰にある一方で、言論機関や免許事業という意味では政府が持つ機能の一部も背負っているという点が絡み合ってできている。これらが、手に取ったり在庫を抱える製品を作っているメーカーとの違いであり、メディア企業経営の難しさでもあると考えられているという訳だ。

 「メディア・インテグレーター」とはどのような概念なのか?
 ノーム教授の言を借りれば、「インターネットの出現に伴い一般市民が容易に記事を投稿したり、ジャーナリズムに参加できるようになった事には大きな問題が潜んでいる。供給に重点が置かれているために、需要に対するウエイトが軽い。読者は色々なニュースに興味を持っているが、消化できる情報の量には限界がある。そうすると、かなり大胆に編集できるエディター(編集者)が必要だ。そこで、情報提供のためのインテグレーター(まとめ役)が出現する。数少ないインテグレーターの候補としては巨大なデータベースやテクノロジーを十分に持っているところ、候補としては伝統的な新聞社を連想できるが、専門情報提供という機能はなかなか新聞社が容易にこなせるものではない。読者が求める情報には無数の側面がある。アメリカでは本当に巨大な定期刊行物がないし、万能な定期刊行物も存在しない。インテグレーターはたとえばタイムワーナーのように既に幾つか社内に専門刊行物を持っているようなコングロマリットも連想でき、外部からブロガーや専門誌を取り入れる形式も連想できる」と説明している。


<第9回>

「メディア・ビッグバンはNHKから起こる」と、かねてより主張している放送業界関係者がいる。NHKのネット配信によって日本の放送の秩序が一気に崩れる可能性があるというのだ。

 ・・・NHKの課金戦略は・・・。おそらくうまくいかないのではないだろうか。
 その時、はじめてNHKが広告による無料モデルに踏み切るのか、或いは月額会員向けに同時再送信に踏み切るのか、大きく舵を切ることになるのかもしれない。
 そうなれば、民放も当然、雪崩を打つ様に一気にインターネットでの再送信ビジネスに参入せざるを得ないことになるというのだ。それが、NHKのネット配信によって日本の放送の秩序が一気に崩れる可能性についての中身だ。わが国のメディアにも経営戦略で競う時代が到来したのかもしれない。


<第11回>

 こんな状況下で新聞はどのような手を打つことができるのか。コロンビア・ビジネス・スクールのノーム教授は以下のような提言を行っている。
   (1)地方ニュース配信の強化
   (2)多様なプラットフォーム向けにコンテンツを配信する機能強化
   (3)ユーザーに合わせたセミカスタマイズ化
   (4)ネットーワーク配信構造の分析強化
   (5)プロバイダーへ固定費を移す
   (6)紙では依然強いブランドを維持
   (7)ブログと競争するために、つまらない読物ではなく、事件等の発生ものの記事を増やす必要がある
   (8)取材予算を削って経費を減らすことは近視的
   (9)読者の求める多様な注文内容を莫大な情報資源から供給する
   (10)1つの企業にそのような事はできないし、すべきではない。
      なぜなら、それに挑戦すれば高い経費を負担することになる専門情報を持つ企業と
      情報の倉庫を共有すべきだ
 なるほど、ノーム教授の説と比べてみても、日経新聞の取り組みも理にかなっているように思われる。

 マードック氏が経済・金融情報に価値を置く狙いは何か。冷戦後の世界は、ソ連の崩壊を境にほぼ資本主義に集約され、今ではBRICsといわれる国々の経済発展が著しい。特に冷戦時代にはロシア、中国は共産主義経済圏、インドは混合経済圏であったことを考えると、資本主義陣営に単純に25億4000万人もの市場が創出されたことになる。この市場に資本主義を体現する金融情報を送ることがマードック氏の狙いなのではないか、という声もある。
 ・・・日経が日経金融新聞を日経ヴェリタスにリニューアルした時のキャッチコピーって「マネーは英語以上の国際共通語である」だったではないか。
 単なる日本の新聞社で終わるのか。或いは、アジア発の国際金融情報企業を目指すのか。日経のマネジメントが試されるのは、まさにこれからなのかもしれない。


<第12回>

米国コロンビア・ビジネス・スクールでメディアの経営を教えるノーム教授は以下の様に予言している。
      電子媒体の出現によって媒体に3つの側面が出現
         1.カスタマイズした情報提供
         2.発行期間がボーダレスに変化
         3.ボランティアな執筆者の出現
      そのことによって、
         1.新たなビジネスモデルの創出
         2.情報インテグレーターの出現
         3.地方新聞の危機
      が起こる。

常に先を進んでいる米国のメディア産業界では、電子メディアのインタラクティブな特性によって一般の読者すら情報発信を可能にした結果、1人の人間が処理しきれないほどの膨大な情報の流通が生じている。一方、受け手側は自分にだけ必要な情報のカスタマイズを可能にするテクノロジーによって、メディア・コングロマリットが進化した概念である「メディア・インテグレーター」の出現すら感じさせる。その際、利用者が求める情報を様々に「パッケージング」(編集)して、的確に「ディストリビューション」(配信)する情報コンテンツ・プロバイダー企業にメディア企業は変化していくのではないか。

アメリカの既存メディアのインターネットへの取組は、「壮大な実験場」といった現状である。その取組=実験のポイントは、
      1.ブログの活用により市民(読者)参加に積極的
      2.課金や登録、カスタマイズ機能によって読者の囲い込みを狙っている
      3.読者プロフィールをマーケティング的に把握して広告獲得に努めている
      4.本紙との相乗効果を戦略的に捕らえている
      5.将来性のある企業の買収の積極的
つまり、生き残り戦略にトライしている。

最後に今後注目されるメディアの動きを箇条書きしてみる。
      (1)フジ・サンケイグループの持ち株会社(特に産経新聞の動向)
      (2)TBSの持ち株会社提案の際の楽天の動向
      (3)朝日新聞社のオーナー株問題
      (4)読売新聞、朝日新聞日経新聞の提携
      (5)NHKの国際放送とネット送信
      (6)2010年のNTT見直し
      (7)2011年の地上波デジタル完全移行と地方局問題
      (8)出版流通の再編
      (9)スポーツ新聞、夕刊紙の急速な衰退


<第13回>

部数あるいは視聴率至上主義の下、新聞を読まない若者を取り込むためなら何でもやりましょうとか、ギリギリまで、怒られるまで何でもやりましょうといった状況です。悪貨が良貨を駆逐して、そろそろ限界に来ているように感じます。

日本の新聞社はそもそも自分たちが斜陽産業だということを自覚してないところに不幸があります。

今の状態がまったく変わらないか、全て変わるかのどちらかではないでしょうか。どこかが買収されるとか、誰かが動いて法律を変えるといったきっかけさえあれば、ガラリと変わるでしょう。これは銀行がいい例です

日本の市場に価値がある間は、日経はもっと英語で記事を配信すべきかもしれません。そのことが結果的に日本の市場価値を上げることに繋がると思います。

【目次】

   第 1回 「あらたにす」で始まった日本の新聞業界再編の本格化
   第 2回 ヤフー買収劇の茶番 − 米メディア買収の最前線を追う
   第 3回 ヤフー買収に参戦したマードック氏の買収拡大戦略とは
   第 4回 米国に続き、日本でも新聞社のウェブ分社化は加速していく
   第 5回 日本の新聞社が買収の標的になる日は来るのか
   第 6回 日本のメディアにも統合によるコングロマリット化は不可欠だ
   第 7回 持ち株会社へ踏み切るフジ・TBS、踏み切れないテレ朝
   第 8回 メディア・コングロマリットの先を見据えるアメリカ
   第 9回 NHKが日本の放送メディア・ビッグバンの引き金を引く日
   第10回 株価低迷により訴えられる米国メディアの経営陣
   第11回 「日経新聞」は新聞社ではなく国際情報企業を目指すのか
   第12回 新聞社の身売り買収が続く米国に、日本の近い将来を見る
   第13回 真山仁氏と語るメディア論(1) 「経営のプロがいない日本のメディアの不幸」
   最終回 真山仁氏と語るメディア論(2)「日本でも米国のようなメディア再編は起きるのか」