『日本経済史 現代経済の歴史的前提』   原朗 著

    
【所感】
・どうやら2001年頃に購入して、14年ほど読まずにずっと埋もれてたらしい。99年の改訂版なので、中身的には、明治以降、バブルあたりまでがメインで、失われた20年はサワリくらい。
  
放送大学の教材だし、定年退官済みの東大元教授が書いただけあって、お堅い雰囲気が満タン。わかりやすく頑張りました、という雰囲気も感じるけど、90年代までの教科書の限界か。伝え方もあるけど、権力者の経済政策史というのが強くて、結局、全体がよくわからん、というか。できれば、時代の経済構造全体とその規模をもっと説明して欲しかった。で、その構造がどう変わっていくのか、その変化のキッカケは、なんだったのか。時代は経済で決まります!みたいな。
  
・自給自足経営から、じわりじわりと流通経済が普及してく感じが気になる。普及してくエンジンとして、権力者の欲望、というよりも、戦国時代の戦争準備とか江戸時代の参勤交代にみる消費の必要性、というか、現金の必要性が、流通経済を大きくした感じか。
  
・自給自足経済時代における不労所得人口?というのか、非生産人口というか、その規模・割合の推移とかわかるとおもしろそう。ま、生産性の向上の推移とも言えるのか。
  
江戸幕府とか、長州藩島津藩の経営って、知りたいかも。
  
。明治って、1960年代に10年間、どうする?って、もめて、そのあと、30年間で産業革命完了って、すごいな、やっぱ。人口増加の恩恵もあったのかも。1990年代に10年間どうする?、って決められてれば、あと15年で新しい時代への準備が完了してたかもしれん、ってことか。。。産業革命の導入は、明治政府がないとできなかったけど、IT革命は、政治関係なく進んでるようにもみえるから、あんまり関係ないのかもしれん。
  
・そこから一次大戦バブルまで15年、で、20年代の恐慌の時代へ、っと。
  
・昭和恐慌あたりから太平洋戦争って、財政負担的には、軍事費がすごい。いまの社会保障費みたいな。明治維新からの最大の功労者を軍部とするなら、理想的には、第一次大戦あたりで、文官統制で本格的な軍縮とかで国家構造の根幹から外せるとよかったのかも。1945年以降の最大の功労者は国民、特に団塊の世代、で、バブル崩壊あたりで、社会保障改革とか雇用改革とかできてればよかったのかも。それぞれのレガシーコスト(旧層が権力をもってることも含めて)で、そのあとが大変、みたいな。稼ぎ側がダメになってって、国債大量発行とかも似てる。稼ぎ側がダメになってった理由が、読むとわかった気になるけど、ちょっと振り返ると、結局なんだったのか???雰囲気的には、輸出がなんやかんやで安定しない、で、農業の生産性があんまりあがってなかった、ってことかね?あと、内需が伸びなかった、というか、個人消費は、みんな貧乏なままだったっぽいから、そりゃだめで、さらに、自給自足ができるハズの農家経済圏が小作化してって・・・、みたいなところ?ま、殖産興業政策も、B向けがメインで、個人消費系はあんまりな印象だから、最初から内需とかは考えてなくて、基本、これまでの農業中心の自給自足経済がいろんなことの前提にあったのかしらん。

日中戦争のあたりから、経済的には、よく戦争を続けられたな、というか、経済的に太平洋戦争とかありえない印象。日米の生産力の違いはもちろんだけど、目先の物資とかお金も全然。行くところまで行っちゃった感じ。いまの国民年金とか国民健康保険とかも、こんな感じなのかも。行くところまで行っちゃってるけど、止められないみたいな。
   
・これは知らんかった。戦時末期って、1945年にはいると米軍のルソン島上陸で、マニラ・シンガポール・台湾航路が放棄、2月を最後に南方からの石油輸入が途絶。3月の伊王島・4月の沖縄戦開始で、本土・沖縄・台湾航路も途絶。で、3月には関門海峡への機雷投下、4月の阪神港・瀬戸内海中部へ機雷投下で、日満支航路と瀬戸内航路が危険となり、5大港も封鎖されて荷役設備の大部分は使用不可能へ。5月下旬以降、日本海諸港の機雷封鎖が開始、華北航路は6月に途絶。7月には青函連絡船が全滅。。。戦争初期からして、船腹が足りてなくて、南方に資源をもとめて出てったけど、その資源を運ぶ船がもともと不足で、制海権を失って、どんどん沈んでって、なーんも運べず。。。国民年金とか国民健康保険とかも、こんくらいのところまで、お上は粘るんだろうか。。。
   
・お金、というのか信用というか、って、希少資源だったのが、どんどん余ってきた感あり。お金の価値が下がってるというか。インフレと言えばインフレなのかもしれんけど。全体の規模もあるし、あと、お金持ちが増えたというか。開国直後とか国しかなかったのに。全体で言えば、金融市場が成長したと言えるのかもだけど。
   
・人口推移
  旧石器時代 5000人以下 : 思ってたより断然少な! 150人単位なら、30チームとか?
  縄文時代  中期の紀元前2500年ころ 26万人程度をピーク 75000人程度まで減少 : 150人単位としたら、500チームとか?
  弥生時代    60万人超 : この規模の時代に古墳つくったのとか、すごい。
  8世紀半ば  550万人強
  14世紀初頭 600万人前後
  15世紀半ば 700万人前後 : ここから1.5世紀で倍増。
  17世紀初頭 1200万人強 : 関ヶ原の戦いって、いまだと100万人規模の集会くらいのインパクトか。
  18世紀半ば 3100万人強 : この100年ちょっとの人口増、でかい。
  19世紀半ば 3200万人前後で停滞
  1872年  3480万人
  1891年  4000万人
  1903年  4500万人
  1912年  5000万人  : 弥生時代と江戸時代初期にならぶ急増期
  
・いや、しかし、この140年とかの激動はすごいな。あと、絶対値よりも、変化率とか加速度が、インパクトでかそう。同じ2%でも、5%から2%になったのと、0.5%から2%になったのと、で、全然違うわけで。均衡の時期、均衡が崩れて拡散してく時期、新しい均衡へ収束してく時期、で、わけてみてもいいなとか思った。この次、経済史の本をよむときは、そういう見方をしようかな。
   
    
【目次】

 1.前近代の日本経済
 2.資本制社会への移行
 3.近代日本の産業貿易構造
 4.近代日本の金融財政構造
 5.近代日本の社会階級構造
 6.近代日本と恐慌
 7.近代日本と戦争
 8.日中全面戦争期の日本経済
 9.アジア太平洋戦争期の日本経済
10.被占領下の戦後変革
11.戦後日本の景気循環
12.戦後日本の高度成長
13.高度成長期の社会的変化
14.戦後日本の対外経済関係
15.世紀転換期の日本経済
最終章 20世紀から21世紀へ